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音楽知識は必要か [音楽表現]

 先日ある方からアマコンで優勝出来るには私位の音楽知識が必要なのかと尋ねられましたので、少し書いてみます。結論から言えば一つの曲を仕上げるだけなら知識は無くても良い演奏をすることは可能です。極端な話として楽譜を読めない人でもコンクールで優勝することは可能でしょう。何故ならコンクールで読譜力を試されるような初見審査はありません。課題曲や自由曲を10日で準備しようが10年弾き込んで臨もうが、本番でより説得力のある演奏をした方が勝ちだからです。一つの曲をレッスンで徹底的に先生に仕込んでもらっていれば本人の音楽知識の不足は先生が補ってくれれるでしょう。あるいは先生に習わずとも感が良ければ人の演奏を真似するだけでもそれらしい演奏は可能です。アマチュアであれば一曲入魂で得意な曲であればプロ顔負けな演奏をすることも出来るでしょう。アマチュアであれば音楽の楽しみ方は人それぞれで良いのです。

多くのクラシックギター愛好家はまず名人が弾いている演奏を耳にして、この曲が素敵だから自分でも演奏できるようになりたいと考えるはずです。その曲が好きだから演奏したいと考えている時点で、その曲のイメージを既に持っています。カラオケがうまい人と考えると分かり易いかもしれません。カラオケで歌う場合にほとんどの人は聞き覚えで歌っていると思います。カラオケが上手い人というのは音楽の知識ではなくて、音程やリズムや抑揚まで含めて聞き覚える耳を持っている、俗にいう音感の良い人です。音感の良い人はギターを弾いても楽譜は読めません、理屈は分かりません、フィーリングで弾いて弾いていますと言いながら、上手に演奏します。その人がフィーリングと言っているのは誰かの演奏の聞き覚えなんです。稀に聞く耳は持っていながら音痴な人がいます。人の演奏の良し悪しは分かるけれど演奏するとグダグダになってしまう人、とことんリズムが取れない人がいます。そういう人でも訓練すれば必ず改善しますので好きなら諦めずに努力すれば音感は良くなります。

クラシックギターはたった一人で演奏出来る楽器です。ですから、音感が良い人、音感を鍛えた人は音楽知識は無くても好きな曲であれば体で覚えて立派な演奏をすることが出来ますし、アマチュア演奏家としては幸せに暮らせます。

ですがアマチュアであってもアンサンブルや合奏をしようと思うと残念ながら感性だけでは演奏出来ません。自分の音と他の人の音を客観的に聴けること、テンポやリズムを他の人に合わせられることが必要で、その場の状況に合わせられる柔軟性も必要です。そして他人と練習時の音楽の擦り合わせをする上で共通言語として音楽理論は欠かせません。各自が好き勝手な演奏をしても良いアンサンブルにはならないですし、只々周りの様子を伺って合わせるだけでも駄目なのです。独奏でも合奏でも同じでただ単に音を順番に並べるだけでは良い音楽にはならないのです。

ではプロの世界はどうなのか、基本的にはプロとして生き残れる人はやはりそれなりな経験と知識を持っているものでしょう。仕事によってはその場で渡された楽譜を演奏しなければならないこともあるでしょうし、教えるにしても生徒が知らない曲を持ってくるかもしれません。プロを目指している若手のギタリストはどうなのか、勿論皆ものすごい努力をしているのだと思います。でも難しい曲を間違わずに弾けることに終始して、音楽全般を学ぶことを軽視していないかという危惧を感じます。これはギターに限らず音大生などでクラシック音楽の演奏家を目指しているにも関わらず、クラシック音楽への興味があまりない人、自分の楽器に係る曲しか知らない人が多くみられます。私位の年代で音楽を専門に学びプロとして生き残っている人の多くは元々がクラシックオタクな人が多かったように思います。


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消音 [音楽表現]

バリオスの作品の中でも人気があり、アマチュアギタリストも良く演奏する「フリア・フロリダ」を取り上げてみます。私の手持ちのCD音源としてジョン・ウィリアムス、ジェイソン・ヴィーオ、稲垣稔があります。この曲の冒頭は下記の譜面です。譜面にはいくつか種類があるようで、最初の6弦のレの音は8分音符で書かれているものもあるようですが、譜例のように付点四分音符よりも長い音符のものは見つけられませんでした。世界的名手の演奏にケチを付けるつもりはありませんが、上記の3つの演奏全てが最初のレの音を次の小節まで消音せずに延ばしています。私は曲に取り組む時は譜面から入ります。私の解釈としては譜例に書き込んだように小節の後半(4,5,6拍目)はV7(属七、ドミナント7)で、I->V7->I->V7の和声進行です。V7であればIの音(6弦のレ)は非和声音です。かりに私の和声認識が間違っているとしても譜面にある休符を無視する理由は考えられません。
最終的にどう演奏するかは演奏者本人の考えで良いと思います。ですが名手がそうやっているからという安易な理由で真似をすべきではないと思います。私は消音することを選択しています。

JuliaFrorida.png


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音楽表現まとめ [音楽表現]

これまで主に楽譜を読み込み分析して音楽表現に繋げるということを書いてきました。それは当然ながら古典派、ロマン派の時代に作られた調性、和声、音楽形式を持っているものに適用できるもので、無調や伝統的な形式からはみ出た現代音楽には通用しません。では伝統的な音楽であれば楽譜に書かれた情報だけでその音楽に相応しい表現が出来るかというとそうではありません。例えば舞曲などは踊りに合わせた独特なリズム感があるとか、その曲が作られた時代背景、地域の特徴、作曲者の特徴など楽譜に書かれていない背景があります。クラシック音楽は過去に作られた遺産を様々な演奏者が演奏する再現芸術です。そこには演奏者の個性も反映され、同じ曲でも演奏者による違いを楽しむという一面もあります。ですが時を経ても残る曲というのは多くの優れた演奏者によって繰り返し演奏されてきた上での普遍的なコンセンサスも形成されています。それを無視した演奏は奇抜であっても良い演奏にはなり難いのです。

では楽譜には書かれていないことをどうやって演奏に取り入れるかですが、一つはその作曲家が作曲した背景などを調べることです。また名曲には名演が数多くあり、優れた演奏を聴くこと、また優れた演奏家から指導を受けるということも大切なことです。結局は良い経験を積むという以外の方法はありません。良い経験とは良い先生に習うこと、その楽器に特化せず広く音楽を聴くこと、音楽的知識を増やすことです。

私も以前はそうでしたが、アマチュアの多くはまず耳から入ることが多いと思います。音源を聴き、この曲を弾きたいと思い楽譜を入手する。楽譜を入手した時点で聴き憶えたフレーズが頭に入っているか、あるいは音源を聴きながら譜面を見て、感覚的に覚えた音楽の流れに沿って譜面は音を取るための記号になっている。曲を憶えた模範演奏は奏者の個性を含んでいますが、その節回しもそのまま真似ようとする。音楽の楽しみは様々ですから、憧れの曲がそれなりに弾けるだけで良いという人もいるでしょう。ですが思い込みを排除して一から楽譜を読み込むということが出来るようになると演奏能力は確実にレベルアップします。

これまで音楽表現のルール的なことを書いてきました。楽譜を深く読み分析することはより良い演奏に有用であることは間違いありません。ですが音楽は人の感情に働きかけるものですから、演奏者自身の想いとして表現できるまで咀嚼されていなければ感動は伝わりません。ギターソロの良いとことはリハーサル時間が限定される合奏と違い、時間の制約なく試行錯誤が出来ることではないでしょうか。

次回からはギター奏法について思うことを書くつもりです。


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テンポとリズム [音楽表現]

これまで機能和声から安定と緊張の対比を探り、音の強弱や音質の変化をつけるということを考えてきました。ギターであれば強調したい音はアポヤンドを使う、ビプラートを強めにかける、右手の位置やタッチの工夫などで音の対比をつくることが出来ます。ここでもう一つ考えなければならない重要なこととして時間的な揺らぎがあります。ルバートやアゴーギクなどテンポやリズムに変化を持たせるものです。人のリズム感というのはあまりあてにならないもので、かなり訓練しないと一定のテンポを維持する、正確なリズムを刻むということは難しいのです。重要なのは無意識に揺らいでいることと、意図的に揺らしているのは全く違うということです。合奏になると正確なリズムが取れないということは大きな支障になりますが、ソロだけをやっている場合は意識的に訓練する練習も取り入れないとリズム感は良くならないでしょう。私個人は機械的な練習は嫌いなのですが、やはりメトロノームを使った基礎的なトレーニングは必要でしょう。難しいソロの曲をメトロノームを使って練習するということではなく、まず、単音だけで拍が取れる、拍を2分割、3分割、4分割して均等に刻めることが大切です。その上で付点のリズムなどをアバウトに感覚だけで演奏するのではなく、正確に取れるようにすることも必要です。
「ただ譜面に書かれた音を正確に並べるだけでなく音楽的な表現を」とは良く言われることですが、正確に音を並べることがどれだけ難しいかを分かった上で、意識的に制御されたルバート、アゴーギクが成されることを目標とすべきでしょう。
なおルバートとは元々は一定のテンポ感を維持したまま、個々の音は微妙に揺らぎがある演奏のことです。ある音を強調して長く演奏したい場合に、少し早めに出て長くするか、長くして時間が伸びた分を後の音形で調整するというようにリズムを揺らしているようでテンポ感は維持されることが出来ると自由に歌っているようでダラけない演奏が出来るようになります。


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演奏スタイル [音楽表現]

古典派の時代に確立した機能和声は19世紀ロマン派の時代に発展し、感情表現豊かで濃厚な音楽が作られるようになります。それに伴い演奏表現もビブラートを多用し、楽譜にないアッチェレランド、リタルダンド、溜めを作るなどテンポを動かし、強調したい音はより強く長くというように表現の幅が大きい濃厚な演奏スタイルになってきます。セゴビアはそういうロマン派の演奏スタイルがまだ強く残っている時代の演奏家であり、セゴビアが独特なのではなく、当時はそういうスタイルが普通でした。指揮者ではメンゲルベルクやフルトヴェングラーなどが該当します。現代の演奏スタイルから見ると奇異かもしれませんが、それはその曲が持っている本質的な性質を大げさに表現しているのであって、決して好き勝手に揺れ動かしているのではありません。音楽が高揚する時は早くなる、落ち着くときは遅くなる、頂点の前には溜めを作る、対比を強調するなど、楽譜をアナリーゼした裏付けがあってのことです。ですからセゴビアやその時代のギターに限定せず指揮者、ピアニスト、ヴァイオリニストなどの歴史的名演を聴くことは好き嫌いは別にして音楽表現を学ぶという点ではとても有用です。大げさに表現していることをそのまま真似する必要はなく、自分の演奏に隠し味として取り入れるか、薄めて取り入れるかは人それぞれです。

なお現在はピリオド奏法というその曲の誕生した時代の演奏スタイルを研究、再現することが普通に行われるようになりました。ロマン派的演奏スタイルはやはりロマン派の音楽にあっているのであり、同じ機能和声を使っていても古典派はそれにふさわしい様式で、バロックはバロックの演奏様式をモダンな楽器を使う場合でも取り入れていく必要があります。


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非和声音 [音楽表現]

ギターは一人の演奏で旋律も伴奏も同時に演奏します。今まで和声について書いてきましたが、和声進行の上に旋律が乗った時に旋律の全ての音が和声を構成する音とは限りません。ドミソの和音の上にドレミという旋律が乗る場合にドミソ以外の音であるレを非和声音と呼びます。非和声音にはドレミのようにドからミに移行する途中という意味での経過音や刺繍音、係留音など前後関係を繋ぐ役割のものや、倚音というある和音の最初に現れるものなどがあります。倚音を歌う(強調する)というのは良く指導されことですが、倚音は装飾音の前打音と同じ働きをします。倚音の典型例として取り上げられるのがビートルズ、ポール・マッカトーニーのイエスタディの冒頭です。倚音に限らず非和声音は和音の中で不協和な存在として緊張を発生させます。ですから同一の和音の中でも安定から緊張、緊張から安定への対比、抑揚の変化を生み出します。したがって非和声音を歌う、つまり強調し、それに続く和声音は和声に溶け込むように穏やかに演奏すると表情豊かな演奏になります。具体的にはメロディの流れで和声音から非和声音にはクレッシェンドし、非和声音から和声音にはディミヌエンドが伴うというのが自然な音楽表現です。

ここまで書いてきたことをまとめると、フレーズというまとまりの中で和声進行という大きな流れがあり、和声の変化という安定、緊張の変化があり、同じ和声の中でも旋律の動きによる安定・緊張の抑揚があるということです。それに加えて拍節感を出すための強弱もあり、それらすべてを合わせて大きな流れを作ることが求めらるということです。

なお強調する、歌うという表現はアタックを強くするだけではありません。少し話がそれますがアクセント記号が付いた音の奏法・表現は一つではなく、鋭いアクセントもあれば重く深いアクセントもありますし、時間的に粘る、テヌートするのもアクセント表現の一つになります。同様に倚音を歌う、非和声音を強調するという具体的な表現方法として単純に大きく演奏するということもありますし、時間的に粘る、深いタッチで重い音を出す、ビブラートで強調するなど選択肢は多数存在します。


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不協和音と倍音の話 [音楽表現]

前回、純正律などの話を持ち出したのは和声での協和、不協和、非和声音という話に繋げたかったからです。機能和声で説明した長音階、短音階の音を根音として作られる三和音の中で根音(一番下)と3つ目(第5音)が完全5度で根音と真ん中の音(第3音)が長3度になる和音を長三和音、第3音が短3度になるものを短三和音とよび、3つの音が溶け合う安定した和音となり、ギターのコードネームならC,Cm,E,Emなどの3つの音からなるシンプルなメジャーコード、マイナーコードになります。ハ長調のVIIの和音はシ・レ・ファですのでシとファの関係は減5度になり、コードネームではBm-5とかBm♭5などで表記され、メジャーコード、マイナーコードに比べて不安定な和音となり、不協和音と呼んでいます。

ところで不協和音という言葉は一般的ですが、調べてみると不協和音の定義というものは明確ではないようです。なんとなく不協和音とは不協和な和音で安定した和音は協和な和音で協和音と思っていました。ですが楽典的に定義されているのは2つの音の音程に対して完全1度(同じ音)、完全8度(オクターブ)と完全4度、完全5度を完全協和音程と定義しています。つまり完全に協和する音程です。次に長3度、短3度、長6度、短6度を不完全協和音程としています。完全協和音程と不完全協和音程を除いた音程は不協和音程になります。和音についての協和、不協和の定義は統一されていないようですが、和音の構成音に不協和音程を含むものは不協和音ととらえて良さそうです。

機能和声で説明したように不協和音ではないI,IV,Vのトニカ、サブドミナント、ドミナントでも調性の中では安定側と緊張側に性格付けられます。不協和音は不安定な和音ですからより緊張度の高い和音になります。ですから安定と緊張の対比という観点からみれば複雑な和音はより緊張を強めていると大雑把に考えることが出来ます。

これを書いていて何故、長3度や短3度が不完全協和音程なのかという素朴な疑問を感じました。
以下は私個人の空論的考察です。
完全4度と完全5度は完全8度の中で対称な関係にあります。ドとファあるいはドとソの2つの音を出した時に安定はしているけれど特徴のない響きになります。そこに不完全協和音程である長3度や短3度を加えると長調、短調の特徴が現れます。ですから機能的には完全協和音程と不完全協和音程の境界は説明がつきます。

ですが音の科学、波動という観点で考えると周波数、波長の関係からは長3度、短3度、長6度、短6度も整数比が成立するという点では調和しています。しかしながらこれは机上の理論で音を一つの周波数だけからなるピュアなものとして扱っています。一つの周波数の単純な波形の音は音叉の音であったり、現代であれば電子音として出すことは簡単にできます。しかし現実の人の声、楽器の音は異なる周波数、波形が混ざり合っています。実際の楽器の音に含まれる周波数成分は倍音を多く含まれます。倍音の他にも雑音成分もあります。含まれる倍音成分の構成が楽器の音色を特徴付ける大きな要因にもなっています。

ここで雑音は無視して楽器の音に含まれる倍音成分を考えてみます。世の中の多くの楽器は理科や物理で勉強した弦の振動、気柱の共鳴という基本原理に従って作られています。弦楽器は両端が固定された弦の振動ですから弦の振動を利用した楽器の原理は共通です。管楽器は気柱の共鳴での両側開端の原理に近いものはフルートくらいなのですが、一部を除くリード楽器や金管楽器は構造的に片側閉端であるにも係らず両側開端で得られる自然倍音列が得られるように楽器の形状を工夫しています。そのため弦の振動も管楽器の共鳴も周波数成分に含まれる倍音成分は自然倍音列という点で一致しています。

自然倍音を考える時ギターは便利で、要は自然ハーモニクスで出せる音です。ギターの解放弦の音が弦の線密度と弦長から決まる基音となります。次に弦長の真ん中になる12フレット上でハーモニクスを出すと基音のオターブ高い音が得られます。次に弦長を3分割する位置、4分割する位置のように弦長を均等に分ける位置で自然ハーモニクスが出せますが、これが自然倍音列そのものです。
そしてギターで普通に音を出した時もこれらの自然倍音列の音が混ざっています。低音弦の方が分かり易いのですが、他の弦が共鳴しないように押えておいて、例えば5弦解放のラの音を出すと、オクターブ上のラの音やさらに上のミの音などが鳴っていることが分かります。ハーモニクス奏法とは基音の振動を止めて特定の倍音成分のみを強く響かせるという奏法です。

管楽器は聞こえている音程が倍音列の基音とは限らないのですが、弦楽器は音程と認識している音が基音で、その上にその基音を基準とする倍音を含んでいます。話を簡単にするために音を弦楽器的な基音とその自然倍音で構成されているものとして、倍音まで含めて調和するかと考えてみると長3度の場合は比較的定次の倍音間で短2度のぶつかりが生じます。実は完全5度の倍音で考えても同じ次数で長2度が生じますが、短2度(半音)と長2度(全音)では緊張度、不快感は大きく異なりますので、長3度と完全5度では違いはあるといえるかもしれません。



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音程 [音楽表現]

西洋音楽が理論的なのは自然科学に基づいているからです。音の周波数が整数比の関係にある時に美しく響くという関係を元に音程や和声が組み立てられてきました。周波数の比が丁度1対2になる時がオクターブ(8度)と言いますが、オクターブを12分割して音階や調性、和声が作られています。12分割を等分割したものを平均律といい基本的にギターのフレットは平均律が得られるように作られています。平均律は全ての音が等間隔であるために長3度、完全5度などの音程間隔が12音全て等しいため、転調しても音程間隔が変わらないという利点があります。一方でドとソの関係を完全5度といいますが、周波数の整数比から算出した完全5度の関係に比べ平均律の完全5度はわずかに狭くなります。半音の間隔を100した単位のセントで2セントの違いがあります。さらにドミソの和音を整数比で取った場合のドとミの長3度に関しては平均律は約14セントの違いがあります。このことは理論的に美しい響きを得たいという科学的なアプローチには反します。特に調律により音程が固定されてしまう鍵盤楽器では平均律以外に様々な調律方法を工夫してきました。所謂、古典調律といわれる純正律、ミーントーン、キルンベルガー、ベルクマイスターなどです。逆に音程を調整することが可能な声楽、ヴァイオリン族や管楽器では特定の音律という縛りはありませんので、適宜音程を調整して美しい響きを出そうとしています。合唱や吹奏楽などを経験した方は長三度は低く、短三度は高く音程を取るという和音を純正的に響かせるトレーニングをしたことがあるかもしれません。たまに平均律は駄目で音程は純正律でとらなければならないというような偏った考えをしている人がいますが、全てに完璧な音律というものは存在しません。純正律は特定の和音を美しく響かせるという面では優れていますが、純正で取った音程が旋律としても心地よいかというとそうではありません。完全5度を積み重ねた音律をピタゴラス音律と言いますが、5度調弦であるヴァイオリン族は弦の共鳴を含め、ピタゴラス音律で旋律を弾くと楽器が良く響き美しく感じるといいます。純正律ではミの音が低くなりますが、旋律上のミの音を低くとるとあまり気持ち良い音程と感じないことも多いのです。但しコラールのように旋律線よりも和声感を重視する場合は純正で取った方が良いこともあり、良い音程の取り方というのはケースバイケースです。音程、音律は何かを重視すると何かを犠牲にしてしまうので、あらゆる意味で中庸に妥協した平均律は決して悪い選択ではありません。ギターは正しく調整された楽器で質の良い弦を張り、正しく調弦すれば限りなく平均律に近い音程を得ることが出来ます。また左手の力加減で意図的に高め、低めという微調整も可能ですし、ピアノでは出来ないビブラートをかけることもできます。ですが演奏中でも発生する調弦の狂いの為に平均律どころではないというのが現実でしょうか。


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機能和声の基本 [音楽表現]

音楽表現、演奏というものは考慮すべきことが沢山あって説明しようとすると複雑になります。ですが基本的なことはとてもシンプルに出来ています。人が良い音楽と感じる重要な要素は周期性とコントラストだと思います。

周期性とはリズム感に代表されます。3拍子、4拍子といった一定のまとまりが繰り返され、さらに4小節とか8小節とかのフレーズも大きな周期を作っています。好きな音楽を聴いているとつい体でリズムを取ってしまうように周期的な繰り返し、流れを人は心地良く感じます。ですから演奏する側は心地良いリズム感を表現しなければなりません。拍子を感じることを拍節感といい、拍節感を出してと指摘されることは良くあることかと思います。私の尊敬するマエストロ飯守泰次郎先生は日本語の音楽用語としての強拍、弱拍という表現は間違っていると口癖のように言っていますが、拍節感とは強拍すなわちダウンビートに強さがあると言った単純なものではなく、時間的な揺らぎも含め、その曲に相応しい変化が求められます。

コントラストとは強い弱い、長い短い、固い柔らかい、温かい冷たいなどの対比です。甘いだけの食べ物、辛いだけの食べ物だけを食べ続けていると飽きてしまいます。一つの食べ物の中にも複数の味があり、食事全体でも味や食感に変化があると食事を楽しめます。音楽も同じで変化が大切です。早く軽快な曲、ゆったり抒情的な曲、明るい曲、荘厳な曲など曲や楽章という大きな対比、曲の中でもpの箇所、fの箇所のように明示的で分かり易い対比だけではなく、一つのフレーズの中の隣り合った音同士の中にも対比があることが音楽表現を豊かにします。対比を構成する最も重要な要素が調性と和声がもたらす安定と緊張です。安定から緊張に向かう時に人は高揚や興奮を覚えますし、逆に緊張から安定に向かうと落ち着きや安心感を感じます。比較的大きな流れの中で通常は安定から緊張に向かい、安定に戻るというのがフレーズの定番の流れです。さらに大きな流れの中でも安定と緊張の小さな揺らぎがあり、大きな流れと局所的な変化の両方を意識することで表現力のある演奏をすることが出来ます。もちろん和声的な要因だけでなく、拍節やリズム表現から発生する対比というものも考慮しなければなりません。ですが和声を考えることが一番難しいと思いますので、ここでは和声の話をします。

機能和声とは文字通りに和声の機能を説明する理論ですが、和声進行のルールと考えて良いと思います。ギターを演奏する人ならばコードネームには多少なりとも親しみがあると思います。例えばGというコードはソシレの3つの音の組み合わせであり、6本の弦の6つの音は3つのどれかに割り当てられています。

とても興味深く重要なことですが機能和声から見ると同じGの和音であっても、ハ長調のGとト長調のGは和声の機能が異なり、求められる性質も異なります。それは同じAという人がいても、置かれた環境下では温厚だったり、不機嫌だったりと異なる様相を示すようなものかもしれません。そしてある調性の中で様々な和音(コード)は性質として大きく安定側と緊張側に分けることが出来ます。例に出したGのコードはハ長調では緊張側になり、ト長調では安定側になります。そのため機能和声を説明する時は直接コードネームは使いません。ここでは日本では広く使われている度数を基準にローマ数字で表記する方法を使って説明してきます。

ある調の長調ならば移動度でのドレミファソラシ、短調ならラシドレミファソにIからVIIのローマ数字を割り当てます。そして音階の音を根音とする三和音をそのままローマ数字で表記します。つまり長調のドミソの和音はIの和音で、ソシレの和音はVの和音になります。音階の7つの音から7つの三和音が出来ますが、その中でドミソのI、ファラドのIV、ソシレのVを主要三和音と呼ぶことはご存知でしょう。これらをトニカ(トニック)、サブドミナト、ドミナントと呼んだり、日本語では主和音、下属和音、属和音と呼びます。トニカ、サブドミナト、ドミナントの頭文字からT,S,Dで表記することもありますが、ここではI,IV,Vを使います。

一番原始的な機能和声はこの主要三和音のコード進行から成り立ち、シンプルなものであれば3つの和音だけで曲が成立してしまいます。主要三和音のコード進行を終止形(カデンツ)といい次の場合があります。
カデンツの第1型 I->V->I
カデンツの第2型 I->IV->V->I
カデンツの第3型 I->IV->I
そして重要なのはIは安定であり、IV,Vは緊張側にあることです。カデンツの第1型は「起立、礼、着席」のコード進行です。緊張から安定の和声に変化することを和声が解決するといい、解決感、終わったと感じられる表現をすることが、音楽表現の基礎になります。最後のIの和音を強く強調してしまう演奏は「です」という語尾を強調するようなもので、セオリーに反します。

では主要三和音以外の4つの三和音はどういう機能があるかというと、主要三和音のどれかに近いという性質があり、I,IV,Vの代わりに用いられ代理和音ともいいます。IIはファラが共通なのでIVの代理、IIIはIまたはVの代理、VIはIまたはIVの代理、VIIはVの代理として機能します。三和音以外にも四和音や増和音、減和音などの変化和音など複雑になりますが、三和音の機能を知っているだけでも曲の見通しは良くなります。一つ重要なものを付け加えるなら属七(V7)のソシレファの4和音で、Vの性質をより強めます。そのためV7->Iはより解決感が強く表れるため、多用されます。コードで言えばハ長調の曲でのG7の役割です。

機能和声と実際の演奏との関係で重要なのは緊張側なのか安定側なのかを知ることで、緊張側であれば強い、固い、張りがある、鋭いなどで、安定側であれば弱い、柔らかい、穏やかな音を出すことで自然な抑揚に繋げることが出来ることにあります。



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フレージング [音楽表現]

フレーズについて補足しておきます。セゴビア編ソルの20の練習曲の1番と2番を例にとります。1番はOp.6-8で2番はOp.35-13です。セゴビアが何故この2曲をこの順で配置したのか不思議ですが、1番は音楽的に複雑で2番はとても単純です。単純といっても和声的にはソルならではの工夫があり決して安易な曲ではありません。但し、フレージングとしては完全に4小節単位のフレーズで構成されており、かつフレーズの区切りは明確に演奏する必要があるので解釈に迷う余地はありません。対して1番は三声の対位法で書かれており、明確なフレーズの区切りがありません。和声的に終止形を形成している箇所も解決する音が次のフレーズの開始になっており、曲の最初から最後まで途切れることなく演奏されます。あえて句読点を入れるとすれば9小節目から10小節目にかけてこの曲の主調であるハ長調からみるとドッペルドミナントを経てト音に解決しますので、10小節目の1拍目と2拍目は区切るという解釈は出来ます。ですが10小節目の1拍目と2拍目のソのオクターブの進行は繋がるべきという解釈も成り立ちます。というように何処から何処までをフレーズと捉えるかは解釈の余地を伴い正解は一つとは限りません。フレーズを捉えたなら、一括りの流れで演奏しなければなりません。それは必ずしも音が途切れずに繋がるということではなく、休符を含んでいたり、アーティキュレーションとしての間があること、ギターであれば左手のポジション移動を伴うことで間が生じる場合でも音楽の流れは維持されなければなりません。目の前にある音符を追うことに注視していると大きな流れを忘れてしまいがちです。「ディレクションを意識する」という指摘を頂くことがありますが、方向性を意識する、音楽が何処に向かっているのかを常に意識することが大切ということです。

楽譜には音符以外にも様々な情報が書かれています。pやf、クレッシェンド、ディミネント、アクセントやスタッカート、テヌート、速度表記やrit、accelなど作曲者が書いた情報は無視することは出来ません。ですが楽譜に書かれた強弱や表情記号以外に音符の並びだけから読み取らなければならない基本的な表情・表現があります。それは本質的に読み取らなければならない微妙な強弱変化や音質変化、アゴーギクにより実現されます。


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